仰天したお孫さんからの連絡
2012年1月
今年(2011年)の夏前だったか。
「私は武田豊の孫です」というメールをゆみさんから頂きびっくりした。
武田さんとは1970年代前半からの長いお付き合いで、敬愛する経済界のトップだった。お一人いたご長男も
三井物産の秘書課におられ、時々お会いしていた。
武田家との縁はお二人とも亡くなられてしまったので
それっきりになっていたが、そこへ突然メールを頂き、
その後お会いしてお孫さんの存在を知った次第だった。
武田さんは本当に気さくで明るく、多趣味の人であり
勉強家でもあった。弓は趣味の枠を超え「道」と精神の世界にまで通じていたようで、迂闊に話題にすることがはばかれたが、ゴルフや釣り、園芸、旅、大脳生理学
などの話になると尽きるところを知らなかった。私は会社や遊びのほか、夜回りでお宅に伺って話を聞くことが
多かった。
そんなある日「嶌君はゴルフをやらないの」と言って、
奥から「Y・T」と刻まれた一本のパターをくださった。
「少し練習してきたら一緒にやろう」と言われ、本気で
ゴルフをするきっかけとなった。時々お誘いをうけて
まわったが、ラウンド中の会話が多彩な内容で実に
楽しかったし、早めに1ラウンドが終わったときは、
決まって「もうハーフやろうか」と言い、いつも記者連中を驚かせた。
私にとって忘れ難いのは「国際情勢の本質的な見方を勉強したいのですが、誰方かいませんか」と尋ねたら、
即座に「天川勇氏がいいだろう。永野重雄さんに
お伴して私は毎月、紀尾井町クラブで聞いているが、
情報や戦略的な考え方、見方は抜きんでている。但し厳しい方だし、メディアに出ることを嫌っているから会ってくれるかどうかは嶌君の努力次第だな」とアドバイスしてくれた。私にとって30代初めから約20年弱天川氏の
教えを受けたことが、その後の記者としてのモノの
見方、情報分析などの六法編の基礎を築けたと思っている。武田さんや一級の経済人、政治家がどのように
情報収集し、戦略的分析をしているのかの一端を垣間見たときでもあった。
今回、武田さんの言葉をまとめた本のゲラ刷りをみて、懐かしさが込みあげてきた。
※ジャーナリスト 嶌 信彦様からいただいたエピソード
です。
- 2011.10.21
- 文芸社より著作物とエピソードを中心とした文集「創道」を平成24年1月1日(日)発行致します。


